心は錦。

大阪在住の歌い手。いろいろありすぎな人生盛りだくさんを綴る。 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

変革の時。


去年 オバマ氏について こんな日記書きました。 

アメリカ国民がこんなに興奮した選挙は今までになかったんじゃないだろうか。

始まって以来 ずっと興味あったので見てて ヒラリー戦は接戦だったのでおもしろかったけど
マケインは 副大統領の選出、あの時点で終わってたと思う。
(だって マケインうちの爺さんとほぼ同世代よ?
もしポックリ倒れて何かあったらあのママさんが大国治めるのって無理や!)

私は アメリカ人じゃないし関係ないんですけどね(笑)

「黒人で初の大統領になった」 

端的に言うと 白人社会が政治界にうごめいてきたのは周知の事実で
それ自体で この国の政治に希望を見出せなかった世代があり、
混血の国を 混血の大統領が治める。
本来ならそうあるべきじゃーなかろうか と今も思います。

選挙戦を見ても オバマ氏にはしたたかな強さがあったと思う。
勝利宣言も冷静で、うわついてなく、クールで。
選ばれなかったら暴動おきてたかも?

でも期待が大きく、根が深い問題も多いだけに 
あの若さと実績でどこまで変革できるのか。

そしてこれから家族は大変。

あのムエタイか何かできそうに強そうーな奥さんはまだしも 
お嬢ちゃんたち まだ若そうやのに自由がきかなくなるんやろうな。
お父ちゃんが上院議員から一気に大統領になってしまったわけで。
普通の家族生活は確実に送れない。

それでもオバマ氏じゃなければ 目を向けなかった国民も多く、劇的な選挙にならなかった。

混血に生まれ育ってきた オバマ氏の宿命なのかもしれない。

スポンサーサイト
  1. 2008/11/07(金) 23:46:03|
  2. 世界の話題モノ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

ワッツ暴動

映画・ワッツタックスでワッツという地区に触れたのでついでに。

アメリカでも歴史に残る 大きな暴動のひとつである。
サウスセントラルのワッツ地区で起こった。

1965年 8月11日 酔っ払い運転の容疑で黒人が逮捕されたのをきっかけに
周りに居合わせた黒人達が警官をあおり、警官が危機を察知して応戦 暴動へと広がった。
日頃 横暴な白人警官達に対する不満が 黒人住民の間で爆発したものだ。
※1週間後に鎮圧されたが 34人の死者と898人の負傷者をだし、
  4,000人以上の黒人が逮捕された。負傷者のうち773人は一般市民、
  また181人は銃による負傷だった。

ワッツ地区は住民の99%を黒人が占めていたのに対し
地域を担当していた警官には殆ど黒人がおらず、人種偏見的な処置が
日常的になされていたことへの不信感や 高等教育を受けられない者が多く、
失業者が多かったことで 一種のスラム街(ゲットー)になっていた地区だ。

南部は人種の隔離が行われていた。
(ホテル・レストラン・学校・公衆便所など 白人と黒人は別であった)
しかし都市部のゲットーと呼ばれるこうした地区は
黒人コミュニティーは白人コミュニティーと自然に分離していて
仕事や教育環境の面で南部よりも人種間格差が広がっていた。

この時代・・・1960年代前半、アメリカでは

1963年  ワシントン大行進
1964年  新公民権法が成立
1965年  投票権法が制定

黒人解放運動も最盛期を向えていた。
その指導者であったキング牧師※1 ※2が 非暴力の闘いを広めようとしてきてたさなか、
このワッツ暴動は 黒人達の不満が行き場を失い、ついに暴力という形で噴出。

これが発端となり、

1966年にはニューヨーク、シカゴ、クリーブランド、
  同じ年に 公民権運動家としてキング牧師の次に重要視されていた人物
  ジェームス・メレディスも白人によって銃撃、死亡。


1967年にはニューアーク、デトロイト、
1968年にはワシントン

・・・・・・・次々に暴動が。

また、このワッツ暴動は 警察の武装戦術による犯罪対応能力が問われ、後に
LAPD SWATの発足したきっかけとなる。

LAPD (=ロス市警) 
SWAT(=Special Weapons And Tacticsの略で、アメリカの警察に
設置されている特殊部隊「特殊火器戦術部隊」の事)


かの政治組織ブラックパンサー党がオークランドで結成されるのはワッツ暴動の翌年1966年である。

ブラックパンサー党についても いつか書きたいけれども
この時代のアメリカ黒人史は いろんな話につながってゆく。
だから書ききれない。区切れない。根が深い。

私は この時代に生まれた黒人音楽と
日本のナツメロと呼ばれる音楽に影響されて歌を歌ってきたので
知ってることプラス書き留めていきたいだけなんやけど
音楽聴くだけじゃなくて時代背景のゲットーさが 
自分の幼い頃に持っていた反逆精神(かなり持ってた派デス)
と通じるものがあって興味をひかれたのだろうと思う。


  1. 2008/04/21(月) 00:47:11|
  2. 世界の話題モノ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

古き良きモノ

今日はインドネシアの学校の特集があったのでTVで見ていて
見た風習が昔参加したイベントで見たことがあって とても懐かしかった。 

小学4年の時 留学生の日本体験生活(飯盒炊爨とか)のレクリエーションが
青少年野外活動センターであって 泊まりで参加した。

それ以来、毎年2回、高校まで 海外の人と楽しめるこうしたイベント
にホイホイ出かけるようになって留学生会館もやがて顔パスに。
※アジア系の留学生が多い日本で
 英語というものは そこでは公用語じゃなかった。

そこで海外への興味が 時間をかけてどんどん膨らむ。

私は 外国行きたさ(当時はワーホリめざし)に高校の時バイトをして 貯金をしていたのだけど
家に入れる金額の事(思えばつまらん事・・・)で親と喧嘩になり、
目標額をまだ先にして 一人暮らしに踏みきった。

それが 貯金はおろか、生活に必死になり、海外へ行くきっかけを逃すことになる。

ちょっと本棚から引っ張りだしたんですが
CA340578-0001.jpg


CA340577-0001.jpg

海外のクリップ写真 集めてました~ 懐かしい~・・・4冊も。

海の外へ行きたいと20年前に思って・・・ホホホ。
この後、「そうだ こんな写真が撮りたいねん」 ってことで
「海外へ行けないならいけるような仕事につこうと」カメラマンの仕事を選んだ。
・・・・チョトアホヤネ~(Rafiさん風に語る)

住んでみたいという思いは 今は薄い。
外国や外国人と触れ合うきっかけは子供の頃にも定期的にあったし
大人になってからも日本で外国人の友達は出来たけど 
感じてきたものは日本人という自覚、日本という国の文化(歴史)だったかもしれない。
英語が話せても日本が語れない そんな人は意外と多いんじゃないだろうか。

でも海外へ行かずとも その文化が自分の中には染み付いているもので
そのよさに気がついていないだけじゃないかと 今は思う。

流行物や融合してくこと がなければ 新たな文化は生まれない でも

先人が得た知識 築いてきた美しいものやその思想 後世に残してゆきたいことはたくさんあって

知ってることは伝えたいし もっと深く知りたいと思う。

海外にもそういう先人の持つ知恵や 古き良き知恵やモノ って必ずある。

それが 私にとってはすごい魅力で。

そういうものが私を導く そこには何かが詰まってるに違いない。

  1. 2008/03/21(金) 23:04:07|
  2. 世界の話題モノ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

キング牧師の日

去年このブログへ移ってからの 最初の記事がキング牧師の日のことでした。
去年の記事はコチラ
ここに変わって もう一年になるのかぁ。

アメリカ黒人の人権を訴えた大きな歴史 公民権運動の主導者キング牧師の日
1964年にノーベル賞を受賞 1968年に暗殺され39歳の短い生涯を終えました。

1月15日の誕生日に近い 一月の第3月曜日 がアメリカでは祝日となってます。

1963年8月に 25万人を率いたワシントンDCへ向かっての大行進

有名な I have a dream の演説 

テロについて、ブッシュ大統領がテレビ番組で演説した内容に、
この「I have a dream.」の引用がありましたが・・・
「私には夢がある。イスラエルに平和がもたらされることだ。
平和を妨げるテロは排除しなければならない」

キング牧師の言葉にはこんな言葉もあります。
「仕返しに暴力を使っても、問題の解決にはならない。
汝の敵を愛せよ。汝を呪うものを祝福せよ。
汝を虐げるもののために祈れ。それが私たちの生きる道だ。
憎しみには愛をもって報いなければならない。」


アメリカの主要な都市では MLK BLVDというキング牧師の名前の通りが存在します。
それほど 黒人社会に大きな功績をもたらしたこの日を
アメリカ全土において祝日にするのに15年もかかった。
 「黒人の日なんかを祝えるかよ」という思想の残る白人主義の会社や州では
休みにしないところもあるそうです。

先日の大統領選でも キング牧師について発言した内容でヒラリーが非難をうけてましたが
死後40年たった今 キング牧師の夢はどれくらい実現されているんだろう。

  1. 2008/01/21(月) 01:37:15|
  2. 世界の話題モノ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

先住民にとっての感謝祭

以前のブログをお読みいただいた方、すみませんが内容は重複しています。

日本ではあまり馴染みのない「サンクスギビング」。
アメリカでは「感謝祭」と題する盛大なホリデー。

この日を過ぎたら クリスマスを祝う準備に入るそうですね。

今でもアメリカやカナダの家庭では、
ターキーなどの伝統的な料理を並べ、
家族や親類みんなで様々なことに感謝を捧げる日としています。
子供の小学校などはこの日をはさんで数日間はホリデーになります。
ほとんどの職場やお店もお休みになり、テレビではホリデー特番が流れ、
日本の大晦日や元旦のような雰囲気があります。

しかし 伝説の裏にはこんな悲劇も伝えられている。
『サンクスギビングの歴史について調査しているときに、
代々何世代にもわたって口承で伝えられてきたこと』

アメリカに着岸したピルグリム・ファーザーズ(イギリス初の入植者)
は厳しい冬に耐えられず、病に倒れた者が多かったそうです。
その彼らを心よく受けれ、食糧の採集方法や、農作物を栽培方法、
そして収穫物をどのように保存するかなど、
この大陸で住んでいくための術をこのヨーロッパ人達に教えた
ネイティブアメリカン(アボリジノ)であるワンパノアグ族。

今日、そのワンパノアグ族は、Massasoit酋長が死んだあとに
何が起こったか、アメリカ白人達に思い出させようとしている。

1676年、Massasoit酋長とワンパノアグ族が
自分たちの祖父や父親達に施してくれた恩恵に”感謝”の意を
表すかのごとく、ピルグリム達はワンパノアグ族の武器を
取り上げるため何らかの口実を持ち、銃や剣や大砲や点火棒を振りかざし、
ワンパノアグ族を襲った。ほとんどのワンパノアグ族が虐殺され、
Metacometという名のMassasoit酋長の息子の妻とその息子は
西インド諸島に奴隷として売り飛ばされ、
Metacometの遺体は八つ裂きにされた。

それから25年間、Metacometの頭蓋骨は槍の先に突き刺され、
白人達の村に飾られた。
ピルグリム・ファーザーズの本当のレガシーはこんな裏切り行為だった。

今日のアメリカ人のほとんどが、サンクスギビングは大収穫に感謝することだ
と思っているが、そうじゃない。(注:過去の米国大使館のニュースも参照しました)

1970年までに、ワンパノアグ族は植民地の統治者が発行した
サンクスギビングの声明のコピーを発見し、
その内容を見て恐ろしい事実が発覚した。
植民地の武装集団達が原住民の村の男、女、子供達を虐殺し帰ってきた後、
植民地の統治者はこの大虐殺に感謝するための祝日と祝宴を宣言した。
そして、統治者は他の植民地にも同じようにするよう提言した。
言い換えれば、毎年秋の収穫時が来たら、インディアンを殺して、
祝宴をあげようということだった。

その言い伝えを受け継いできた
プリマス植民地のワンパノアグ族は、他の多くの東部民族と同じく全滅して
これらの部族は今となっては名前しか残っていない。
他の部族に避難できなかったワンパノアグ族の中には
当時の黒人奴隷や自由民と結婚して生き残った者もいる。
子孫を抱えながら、奴隷になることを余儀なくさせられるということは
想像しがたいことだが、インディアンの中にはそうせざるを得なかった
部族もいる。そうした末裔達の言い伝えだそうだ。

Russel Means 氏のウェブサイトを抜粋
過去の米国大使館のニュースも参照して、文面をなるべくわかりやすくして編集しました。

国民の偉大なホリデーの裏に 歴史さえ揉み消されてきたアメリカ。

先住民の間では一般的には祝われない感謝祭。 
けれども逆にこの日を重んじるため 祖先を偲ぶための
賄いはされるところもあるようです。




  1. 2007/12/14(金) 00:03:39|
  2. 世界の話題モノ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
次のページ

プロフィール

チエコ 

Author:チエコ 
8歳の息子のこと、仕事と歌の活動、
両親の介護、やることテンコ盛りでした。
波乱気味の人生を 熱き血潮の友に
恵まれて這うように生きてまいりました。
読み逃げ歓迎、ごゆっくりどうぞ。

カテゴリー

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

FC2ブログランキング

FC2 Blog Ranking

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索

RSSフィード

★Recommend site★


何気に渋い男のwork wear。



N.Y. のライター・堂本かおるさんのハーレム事情
12カ国語達人のバイリンガルマンガ
漫画で語学だよ。

予約宿名人
お宿の料金自分で決められるとな