心は錦。

大阪在住の歌い手。いろいろありすぎな人生盛りだくさんを綴る。 

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臨終のとき

9月に心不全に陥ってから何度も病院から連絡をもらう。
その後何度も悪いなりに安定し、療養型病院へ転院。食事も固形をとるまでになっていた。

でもいつでも危篤に陥る可能性があると告げられて この5ヶ月は仕事中も電話を持ちっぱなし。

【臨終の朝】

12時05分 に仕事中の電話だった。
飲食店だから超ピークの時間 そしてその日は魔法のレストランの撮影日
姉ちゃんに電話して 店長に緊急を伝えて 
TVカメラのセットをぬってタイムカードを押し、大急ぎで向かった。

20分後くらいに病院についたときはもう呼吸が止まった直後で 
モニターでの心臓のチェックをしていたのだけど
私が声をかけ続けていたら またゆっくり動きはじめたもののしばらくして
完全に止まった。耳は聞こえていたのかな。たぶん。
呼吸には間に合わなかったけど心臓には間に合った と思うことにしよう。

姉ちゃんが来るまで枕元にいたのだけど 
その間、ほんの1時間半の間にさらに顔や唇が青白くなり 
眉間にずっと残っていた皺もみるみるなくなっていった。
苦しんでいたんだろうな と思った。

安置所へ入ってから 着物が好きだった母の着替えを手伝った。
痩せてブカブカになってしまったけど
まだ一度も袖を通してない 大島紬。いい着物だったな。

そこから死亡診断書と印鑑を取りに戻って
また安置所へ戻ると さらにもっと穏やかな顔つきに変わっていた。

5年5ヶ月も 死の淵を何度もさまよい、悪いなりに安定してきたが
痛みが消える瞬間はなかったと思う。常に痛みを訴えられ、
途中 何度も母の介護に携わるのを諦めかけたほど 
悪態もつかれたが 痛みがなくなった寝顔を見れた今、
親が亡くなったというのに大変不謹慎に思われるだろうが
やっと体がなくなって本人は痛みと闘わなくていい と思うとホッとした。

このところ何度も危篤に陥るので 母が一番親っていた兄とその家族に連絡をし
10月に兄も車椅子だったが面会に来てもらい 
大事な人には意識のあるうちに臨終までに会うことができてた。

その兄と家族が葬儀に総出で参列し、初めて会うお調子者の小坊主を紹介もでき、
懐かしい話で盛り上がり 比較的明るい葬儀となった。

IMG_5276mono.jpg


みんなに骨を拾ってもらって 本人も喜んでいたのではないだろうか。

母よ 安らかに。


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  1. 2014/02/28(金) 01:11:12|
  2. 日記とか
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  4. | コメント:0
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Author:チエコ 
8歳の息子のこと、仕事と歌の活動、
両親の介護、やることテンコ盛りでした。
波乱気味の人生を 熱き血潮の友に
恵まれて這うように生きてまいりました。
読み逃げ歓迎、ごゆっくりどうぞ。

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